2006/10/06
「週刊ダイヤモンド」第33号 2006年9月2日号(96~99ページ)に竣工当時から当社が継続して管理業務を受託している「ファミール伏見」が、住民主導で優良な管理がなされてきたので資産価値が維持されている事例、として紹介されました。
この度、発行元の株式会社ダイヤモンド社、及び執筆者の山岡淳一郎氏から同レポートの転載につきご快諾をいただきましたので、以下にその全文を掲載します。
特別レポート Special Report
執筆者: 山岡淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)氏 ノンフィクション作家 21世紀の「公」をテーマに執筆活動。主著に『マンション崩壊』(日経BP社)、『命に値段がつく日―所得格差医療』(共著、中公新書ラクレ)など。
今年6月、住生活基本法が成立。住宅水準の向上やストック重視などを基本方針とする「量から質へ」の政策転換が掲げられた。住宅ストック過剰時代に入ったなかで当然の流れだが、住宅の価値を高める具体策の提示はない。しかし、国の施策を先取りするかたちで、住民主導による資産価値向上の動きは活発化している。
夏の宵、団地の中庭に勇壮な掛け声とともに御輿が入ってくる。ステージでは、子どものど自慢。お好み焼きに生ビールの屋台、すべて住民の手づくりだ。
この夏祭りのにぎわいが、築後32年を経てなお「ファミール伏見」(京都市伏見区・280戸)の資産価値を高めている。分譲時の価格が780万円だった3LDK70平方メートルが、現在、リフォームずみで1,300万円。不動産屋の空き待ちリストには入居希望者が名を連ねる。立地も外観も普通のマンションなのだが、年代物のワインのように熟成されたコミュニティが安全・安心の砦として高い評価を得ているのだ。
全国で築30年超のマンションは約100万戸。多くが住人の高齢化と建物の老朽化に悩み、価格の下落に直面する今、ファミール伏見が培った地域力は刺激的だ。高齢者住民の互助組織「寿会」代表・森田稔さんは言う。
「じつは20年ほど前、孤独死が発生しました。これではいかん、と皆がお年寄りに目を向けるようになった。今春、団地にいる20数人の独居老人を見守るチームを編成しました。若い奥さんたちが声かけしています。集会所を改築したサロンでデーケア食事会も開く。管理組合や自治会のオフィシャルな活動だけではダメ。日常的に住民同士が接触する機会をたくさんつくることがコミュニティ活動の鍵を握ります」
事実、ファミール伏見ではゴルフ、ソフトボール、ボウリング、カラオケ、旅、懇談、写真、読書に防犯パトロール……と、多種多様の小集団が日々活動している。ここに春夏秋冬の行事が加わり、顔と顔をつなぐ人間関係の毛細血管が張り巡らされる。仕事に忙しい現役世代が、自然に地域活動へ加わる“仕掛け"もある。
「14階建てマンションの各階20戸ごとに1年交代の輪番理事を置いています。自治会新聞の配布などが主な仕事ですが、若い世代には、これを機にマンションに親しみを持ってもらう。やる気のある人は同好会の委員に抜てき。管理組合の理事長経験者は常任委員で組合に残り、ノウハウを受け継いでいます」と現理事長・堀内元弘さん。かつて京洛の町衆は、身近なことから少しずつ、誰もが公平にかかわる町内活動を実践していた。その遺伝子が時移って近郊の私鉄沿線の団地で新たな資産価値を生んでいるといえようか。
戦後、420万戸もの住宅不足からスタートした日本の住宅政策は、大転換期を迎えている。政府は1966年に制定した住宅建設計画法で、5年ごとに公団、公庫、公営による住宅の供給戸数を定め、それを都道府県にノルマとして割り振り、民間を牽引するかたちで量的拡大を推進。その結果、2003年調査では総世帯数4,700万に対して総住宅数5,300万戸と、膨大な住宅ストックを抱える時代に入ったのである。
少子化で空き家はさらに増える。ここに及んで、今年6月、住宅建設計画法が廃止。住宅水準の向上、ストック重視、地域の実情への細かな対応などを基本方針とする住生活基本法が成立。「量から質へ」政策は転換された。
しかしながら、国民の1割以上、首都圏においては3割を超える人びとが暮らすマンションストックの将来を切り開く道筋は見えてこない。マンションは地価上昇がなければ買ったその日から資産価値が下がる、という歪んだ常識に支配されたままだ。
確かに、上表(※この表は割愛させていただきました-当社注)の日米比較のように日本の住宅の大多数は「商品」として売買された途端、値段=「市場価値」が落ちる。背景には、コンクリート住宅で築後47年、木造なら20年で減価償却されて建物価値がゼロになる不動産鑑定評価、金融機関が建物を詳しく担保評価せず、地価と返済能力を基準に組む住宅ローン、刷り込まれた新築志向などがある。
一方、米国の中古住宅市場が盛況なのは、根本に「人が住み続けてこそ住宅と住宅地の価値は高まる」という当たり前の哲学があるからだ。「使用価値」を市場価値に結び付けるシステムが機能する。鍵を握るのは建物のメンテナンスとコミュニティの調整力。住宅のハードとソフトが表裏一体となって資産価値が形成されている。
この本質にアプローチできれば、日本でも、ファミール伏見のように高い市場価値が保てる。過剰ストック時代は、淘汰を促す。資産価値の本質が問われる時代でもあるのだ。国が有効な手段を示せないなか、自前の方法論でハードの修繕、改修を行ない、資産価値を積極的に守る動きも現れている。
「労住まきのハイツ」(大阪府枚方市)は、築30年、総戸数380戸の典型的な郊外マンション。02年、住民自身が工事業者を選び、工法をチェックしながら大規模修繕を成し遂げたことで、コミュニティに「自信と結束力」が生まれた。高齢者を支え合う会やガーデンカフェを日常的に催す一方で本格的な「電気設備改修工事」を住民主導で行なった。
98ページ下図(※この図も割愛させていただきました-当社注)のように、電柱から電気室に引き込まれた6,600ボルトの高圧電流は、個別に契約を結んだ各住戸に供給される系と、管理組合が高圧一括受電してエレベーターホールや廊下灯など共用部に供給される系に分かれる。それぞれ変圧器で100ボルトの低圧に落とされ、配電盤を経由して流れていく。同じ電気室内の変圧器が各住戸用は関西電力所有で、共用部用が管理組合所有なのは、受電の契約が個別と一括とで異なるからだ。
同ハイツは、古い規格のため各戸の使用電力は4キロワットに制限されていた。モダンな生活に対応するには容量をアップさせたい。設備の経年劣化、安全性の見直しも、関西電気保安協会から指摘されていた。そこで各戸の使用電力を6キロワットに引き上げ、ハードの長寿命化も狙って配電盤、幹線、住戸内の分電盤をそっくり取り替える改修工事に踏み切ったのである。
最初のハードルは業者選定。長期修繕委員長として業者との交渉に当たった中島成康さんが語る。
「大手の電気設備会社は、すべて新築ベースで考えるからコンサルタント料も工事見積もりもベラボウに高い。改修工事の経験も少ない。かたや改修経験はあるけど小さな会社は、甘めの見積もりを出してくる。命にかかわる電力ですから、安かろう悪かろうでは困る。そこで会社業績、改修実績、書類内容、ヒアリングの姿勢、やる気と説得力があるかなどをポイント制で評価して、最終的に小さな会社に決めました。総工事費は約4,600万円。大手のほぼ半額です」
建築の専門家は、ともすれば「心配いりません。任せてください」と素人の住民に言いがちである。住民側もすべてお任せ、となりやすい。しかし万が一不具合が起きて困るのは誰か……。まきのハイツの住民は、徹底的に自分たちの頭で考え、目と耳で確かめる方法にこだわった。工事業者には納得できる説明、医療でいうところの「インフォームドコンセント」を求めた。
修繕委員の乾光男さんがふり返る。
「最初に、電気設備を変えたマンションへ皆で行って話を聞きました。配電盤の製造工場にも出向いて、生産工程をチェック。こんなの初めてやと、先方はびっくりですわ(笑)。退職者の住人が積極的に動いたんです。工事会社も、説明に知恵を使ってくれた。その最たるものが、工事が安全に正しく行なわれたかを検査する際に提出されたイラスト図です。絵心のある技術者がいて、彼が説明しながら描いた検査図はパソコンの図面よりよほどわかりやすかった」
工事を終えて2年、まきのハイツの面々が、次に考えているのは、個別契約している各戸の電力を管理組合の高圧一括受電に変更できないか、ということ。電力自由化の波を受けて電力会社は工場や商業施設など高圧一括受電の「大口契約」の電気料金を下げている。
すでに京都市右京区のマンションでは全戸が関電との契約をいったん解除して管理組合が一括契約。検針や電気料金の徴収は仲介役のエネルギーサービス会社に任せたところ、電気代が7%減った。
まきのハイツでは、検針や集金も自分たちで行なえば電気料金を15%ダウンできるとの意見もある。ただし実現するには住民総会での合意が必要。安全性、信頼性の面から検討の余地も多い。しかし、大規模修繕以前、600万円ほどで「投げ売り」された66平方メートルの平均的住戸の値段が、900万円近くにまで回復した。実績が自信を生み、彼らは前へ進む。
多摩ニュータウンの「ホームタウン南大沢」(東京都八王子市・築20年・174戸)は知る人ぞ知る名物マンションだ。数年前、住民の丹精込めた植栽が「花づくりで防犯」と、NHK「ご近所の底力」に紹介されてコミュニティ意識はさらに高まった。現在、分譲マンションでは初めてといわれる「外断熱改修」を視野に入れて「住み続けられるマンション」を目指している。外断熱改修は、既存の建物を断熱材ですっぽり覆い、省エネルギー性、耐久性、室内環境の向上を図ろうというもの。以前、屋根の断熱が不十分で夏は最上階の天井は手で触ると熱いほどだった。そこで5センチメートルの発泡系断熱材で屋根を外断熱化するとかなり涼しくなった。
住民でNPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議理事長の秋元孝夫さんが述べる。
「屋根の外断熱化後の室内データを首都大学東京やNPO外断熱推進会議と共同で取っています。この温湿度データがまとまれば、多摩ニュータウン全体の分譲マンションで外断熱を採用した場合の省エネ効果も推定できる。うちの団地では修繕積立金や駐車場料金の蓄えがあるので電柱の地下埋設も検討中。将来への投資です。中古価格が1平方メートル当たり1万円上がれば、100平方メートルで100万円高く売れる。十分、元は取れます」
建物の安定的な維持管理とコミュニティの活性化は、相乗効果をもたらす。「わが家」に手を加えるおもしろさに気づけば、コミュニティに活気が生まれ、資産価値の上昇につながる。
ただし、一般消費者からはこうしたマンションの内在的な価値は見えにくい。現状では、一次情報を握っているのは地元の不動産屋。彼らは住宅の価値に関係なく、取引物件の数で手数料を稼ぐ。
そこで、住宅市場に隠れた資産価値を反映させる突破口として期待されるのが、インターネットを活用した「市場の形成」だ。
この点についてはまだ十分な成功モデルが生まれていないが、全国マンション管理組合連合会事務局長・谷垣千秋さんは、「ホームページを管理組合が自ら作っているマンションでは、その価値が消費者に伝わりつつある」と指摘する。
高経年マンションは、世代交代による住み継ぎという課題も抱えている。ネットが既存マンションの売買市場として機能するようになれば、資産価値を高める住民の動きはより活発化するに違いない。そして、ネット世代が建物とコミュニティの大切さという本質に目覚めたとき、住宅市場に新しい潮流が生まれるだろう。「住」とは「人」が「主」なのである。
(完)